てくてくについて

てくてくとは

小豆島歩き遍路通信てくてくは、小豆島八十八ヶ所霊場の歩き遍路情報を発信するウェブマガジンです。お遍路の中でも、”歩き遍路”にフォーカスして、イベントや体験談、遍路道についての情報を載せています。歩き遍路に興味あるけど、いろいろ心配だ!という人の助けになれるよう、脚色のない情報をお届けします。

編集と投稿は、小豆島霊場寺院 第8番常光寺の副住職である大林慈空がメインで行っていますが、個人の責任でやっておりますので、小豆島霊場会に文句言ったりしないでくださいね。

てくてくをはじめたきっかけ

小豆島には素晴らしい八十八ヶ所霊場があるのに、あまり知られていない。歩いてみると素晴らしい道が続いているのに、誰も歩かないから道が消えてゆく。歴史を感じる霊験あらたかな場所が放置され、人気の無い恐い場所になってしまう。
これは、どこかで借りてきた言葉ではなくて、私が小豆島霊場の僧呂となってこの10年間で見てきた霊場の姿です。

カリスマ的な先達が率いてきた数多の遍路団体は、団員の高齢化で数を減らし、代替わりできないまま団体自体が消滅して、白装束の集団が島をそこかしこで見られた風物詩的な光景は、今はどこにもありません。
霊場を支えていた遍路団体という屋台骨がなくなって、霊場寺院も遍路宿などの遍路産業も、大きく変化していかねばならない時が来ました。

団体から個人へ、お遍路さんの形態はシフトし、春と秋の農閑期にピークがあった遍路シーズンも、カレンダーどおりの土日祝に参拝が集中するようになりました。お遍路さんだけでなく、小豆島の観光客も、団体から個人へ変わっている様子をみると、社会情勢の変化と言えます。

個人のお遍路さんには、遍路のあれこれ、小豆島ならではの作法を教えてくれる先輩の存在がおりませんので、どこかで情報を得なければなりません。
手っ取り早く得られるのがインターネットになります。

しかし、ネットの情報は有象無象。殊に、巡礼となると、個人の宗教観や思い込み、家庭で受け継いできた習慣、地域色など、いろんな要素が絡んで、どれが正解というのがわかり難く、敷居が高いように感じてしまいます。

このサイトで紹介する情報も、真言宗御室派 常光寺の副住職 大林慈空が、高野山専修学院で教わったお経と作法を軸として、自身の四国遍路経験や小豆島遍路経験から、伝えることなので、やはり個人の主観でしかないのですが、遍路を何度も繰り返して更新している情報なので、ある程度の信憑性は担保されていると信じてくだされば幸いです。

というわけで、お遍路さんに役立つ情報をお届けして、安心して小豆島霊場を巡って欲しい。お遍路さんにまだなっていない、興味がある人にも、巡礼のきっかけになるモノを受け取って欲しい。
それが巡り巡って、素晴らしい小豆島霊場を後世に伝え残していく一助になると信じております。合掌

大林慈空拝

編集者紹介

大林 慈空(おおばやし じくう) 通称:小豆島の坊主ジクウ

大阪でシステムエンジニアをやっていたところから一転、2009年に坊主になって小豆島に移住。小豆島のことはほとんど何もわからなかったので、まず小豆島霊場を歩き遍路したのがきっかけで歩き遍路にはまる。以後、島内外の女子を対象に「女子へんろ」の先達をはじめ、中高生の卒業生を対象にした「卒業遍路」など多くの遍路行事を主催。小豆島霊場会主催の「ふれあい大巡行」、小中学生対象の「青少年サマースクール」など、歩き遍路行事には積極的に参加し、その普及をライフワークとしている。
写真と動画とイラストと写経と写仏は、慈空が撮ったり、書(描)いたりしています。

皿田 由佳子(さらだ ゆかこ) 通称:ゆかこ

東京で編集の仕事をする傍ら、ボクサーの写真を撮ることを趣味にしていた元キャリアウーマン。2012年にお遍路がきっかけで小豆島に移住。現在はヤマロク醤油で、島外から来るお客様を笑顔で接客しつつ、慈空と共に高校生向けの卒業遍路を主催している。

辰巳 正敏(たつみ まさとし) 通称:ヤーミン

自然溢れる場所で子育てをしたいと思い、2011年に小豆島に移住。お遍路にはさほど関心がなかったが、霊場会のWebサイト構築に携わったことで、俄然興味を持ち、自ら歩き遍路行にも参加している。子ども達と一緒にふかふかの遍路道を歩くのがなによりも好き。

瀧下 祐輔(たきした ゆうすけ) 通称:たっきー

大阪で六年間バーテンダーの仕事をし、小豆島の為に何か力になりたいと思い昨年の冬にUターン。
小豆島の東海岸の岩谷集落でカフェ『珈琲とブーケ』を営んでいる。お店をやる傍らさまざまなイベントに出店。お遍路行事にも変わらず手伝いに来てくれる。

長田 穣(ながた みのる) 通称:ガッティ

関西で舞台やイベントなどの音響の会社を経て、ライブハウスの仕事へ。12年間の関西での生活を後に、故郷の小豆島にて家業を手伝うことになる。好きな言葉は「人はあなたに出会って、わたしになる(大阪應典院住職の言葉)」
HR/HMとお笑いをこよなく愛す、おくりびと。

中川 剛臣(なかがわ たけのり) 通称:たけ

元甲子園球児。小豆島で生まれ小豆島で暮らす車屋の中川です。幼稚園から野球を始め30年以上野球をやっています。野球バカが高じて遍路にハマっちゃいました。現在、小豆島歩き遍路に参加して色々な発見、体験を楽しんでいます。