お遍路と代参


お遍路には『代参(だいさん)』という考え方があって、意味は『代わり参る』です。
言葉もまんまですね。

お遍路さんは、お参りできない自分に代わって、お参りしてくれている有り難い存在なんです。
だから、自分の願いもお遍路さんに託そう!という発想が生まれます。
そして、自分がお遍路する時は、お参りできないorしない人のことも一緒に祈ってあげよう!という気持ちを持つことが大事になります。

いやいや、私には、絶対に叶えたい願いがあるから、脇目も振らず自分のためだけに遍路したい!という人がいるかもしれません。
しかし、お遍路は独りでできるものでも、独りで完結するものでもなく、必ず誰かの助けを借りて、成り立つものです。
遍路道を整備してくれる人、お参りする札所を管理してくれている人、お寺の人、お接待をしてくれる人、宿の人、道を教えてくれる人、いろんな人の関わりがあります。
そもそも、「同行二人」でお大師さまと二人連れで歩くから、独りにはなりようもないんです。

お遍路さんにお接待をする

その行為に、見返りを求める人と気兼ねする人がいます。
わかりやすく以下のように考えてください。

お接待をする人は、自分のことを祈ってくれる人への御礼。
お接待を受ける人は、自分が行っている行為への感謝。

だと考えれば、見返りを求めるのは筋違いだし、気兼ねするよりも励みにすればいいと思います。

あるお遍路さんが1人でお参りされて、山ほど納め札を納め、たくさんのロウソクを上げ、たくさんの護摩を祈願していきました。
その方は1人ですが、たくさんの人の想いを代参していました。
「自分のこともたまにはお祈りしないとね。」
そう笑って、最後に1本だけ、自分の身体健康の護摩祈祷をされました。

他人を思いやって祈る。
自分のためなんだけど、人のためにもなっている。
自利であり、利他である。

現代人が忘れてしまっている発想がお遍路にはあります。

2017-02-22 | Posted in まめ知識No Comments » 

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